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2009年08月14日(金)更新

桐生八木節まつり中日・まゆ玉ころがし大会

 8月8日、桐生八木節まつり中日の模様、まゆ玉ころがし大会をご紹介します。
桐生で最も伝統のある祇園祭り、八木節まつり、桐生祭りなどが合併して第46回となった今年の模様です。
 あいにくの天候でしたが、今年も45万人近い人手となった北関東でも有数のおまつりです。

お囃子・鉾の巡業など昼間からボルテージが上がっていきます。
お囃子
 これは四丁目です。今年は六丁目が天王町なので、三丁目・四丁目の鉾の引き違いはありませんでした。少し寂しいですね。

 こちらは、まゆ玉ころがしの陳列会場です。
まゆ玉陳列
織物の町である桐生ならではのイベントです。様々な団体・学校の参加者が思い思いに装飾した2メートルもあるまゆ玉の飾りつけや、スピード・パフォーマンスを競います。
実行委員会は、桐生JC群馬大学桐生大学桐生高校桐生商業などの学生で組織されています。
まゆ玉行進
 まゆ玉行進です。これは、地元企業の山田製作所さんの作品です。

 いよいよレースが始まりました。
まゆ玉レース接触
 ハイスピードでの接触です。(今年は大丈夫でしたが、例年けが人も出ています見た目は長閑ですが、安全に注意しないと危ない一面もあります)

まゆころレース
 不安定なまゆ玉は、なかなか真っすぐには転がりません。

 ここで休憩、桐生JCの例会で講師に来られた山田五郎さんの提案から生まれた、桐生地場の野菜をふんだんに使った野菜ひもかわのふるまいです。
 TVでも紹介される、桐生名物となっているひもかわうどんをトマトベースの冷やしでいただく暑い夏にはぴったりのうどんです。
やさいひもかわ
 はっきり言ってメチャクチャ美味しいです。将来必ず、この町を代表する名物になると思います。

 大好評でした。あっという間に用意していた500食が無くなりました。
ひもかわふるまい
 その後、新聞・メディアなどでも紹介されたので、様々な方面から問い合わせが来ております。そのうちに、コンビニ・デパートを通じて全国的な食べ物になるかもしれません。

 半ころがしレースの開催です。(本ころは200メートル・半ころは100メートル)
半ころがし
 空手道場のチームです。

 ここで、神様の乗った御神輿が通ります。
御神輿を見ていただくために、まゆ玉のレース中に通っていただきます。その際、一時的に、まゆ玉の設備などを撤収します。
神輿
 各町会の若衆が、大切にそして威勢よく御神輿を渡していきます。

 レースの再開です。
半ころがしレース
 

ゴール付近

 スピードを競うだけでなく、ゆっくりとまゆ玉を引っ張るチームもあります。
ひっぱれまゆ玉

 今年も、50チーム以上が参加していただけ、非常に盛り上がりました!
来年もまた参加して下さい。

 夜になりました。
お囃子夜
お囃子はまだ頑張っております。昼から夜の9時頃までお祭りを盛り上げます。

 四丁目から、五丁目の櫓に移動です。
五丁目櫓
 やはりここの櫓は相当な盛り上がりです。交差点一杯に踊りの輪が広がっています。これ以上に、近づくことも困難なほど混雑しておりました。

 一日中様々イベントが続く3日間が終了しました。
織物の町桐生のお祭りへ、着物・浴衣など着て来年はお出かけ下さい。
駅・公園などでも色んな催事・イベントなどがありますのできっと満足いただけると思いますよ。

 森秀織物・織物参考館“ゆかり”


 

2009年06月27日(土)更新

織姫 桐生の白滝姫伝説

 桐生には、白滝姫伝説がある。
織姫
他の織物産地でも祀られていたり、少しニュアンスが違うのもあるが基本的な言い伝えは・・・
 京の都で宮中に仕えていた男が、身分の違う姫に恋をしてしまった。
身分の違いから絶対に結ばれるはずのない恋だが、その想いを桓武天皇の前で和歌を詠みあげ成就することが出来た。
 上野国こうづけのくに山田、(桐生)に姫を連れ帰ってきた。

 その道中に、見た山を「今日の山に似た山だ」と言い、仁田山と地名が付き、その産地織られる織物を仁田山紬と言い始めたと言う。
 
 伝説・・・といっても桐生には、その地名・話・産地、そして白滝神社などもあり、全部がつくり話でも無いのでは?と考えています。
 その他、峠の名前・地名にも白滝姫が多数登場してきます。
白滝姫伝説
 多分、かなり身分の高い織物技術を持った人々が1200年ほど前に行き交っていたことは事実だと思います。そうでなければ産地として形成されていないですし、京都を飛び越え、奈良の都から桐生に織物の注文も来ていたようです。東大寺文献

 真偽はともかく、映画になりそうな素敵なお話だと思いませんか?

織物参考館“紫”

2009年06月12日(金)更新

倫理法人会さんで講話をしてまいりました。

 

本日は、前回のローターリークラブさんに引き続き桐生倫理法人会様にお招きされ、講話をしてまいりました。
 「私の好きな桐生・織物と歴史のある町」とテーマを掲げお話させていただきましたが、やはりこちらもズラリとならぶ諸先輩方を前に緊張してしまいどれだけうまくお話できたかは疑問ですが、40分ほど誠心誠意話してまいりました。

 初めて倫理法人会様のモーニングセミナー会合に参加しましたが、毎週金曜日に朝5時半から開催されているとの事、本当に頭が下がります。
 青年会議所でも早朝に行われる事業ありますが・・・やはり夜の会合が多いので、毎週早朝からというのは・・健康的で爽やかな印象を受けました。
 また、百数十名という会員の数・活動の活発さにも驚かされました!
それでもみどり市倫理法人会と分会して半分ぐらいになったとの事、驚きました。

 今年は、青年会議所の役職で様々な会合・会議に呼ばれていますが、時間の都合つく限り出席するようにしています(それでもどうしても重なってしまいますが・・)本当に皆様がひとり一人の分野で活躍されているのだと改めてこの地域の逞しさ・明るい未来を感じました。

 本日、お世話になりました皆様誠にありがとうございました!

 森秀織物 長谷川 博紀 織物参考館“紫” ゆかり

2009年05月11日(月)更新

まちづくり講演・山田五郎氏のお話。

 

先日、桐生にて山田五郎氏の講演桐生青年会議所主催で行いました。

 桐生にある個性を活かしてのまちづくりということで、山田先生に語っていただいたのですが、なるほどと思う部分や当たり前の事が出来ていない資源活用の方法などご指摘をいただきました。

 桐生には、他の町には無い文化財近代化遺産の多さや、古き良き伝統文化がある事、そして産業遺産でもある織物産業・それを活かした産業・経済に及ぶまちづくりなどを判りやすく客観的に語っていただきました。
 そして、食の文化もあり、水も綺麗なまちでもっと食文化をアピールしたほうが良く、全国区になりうるうどん・おっ切り込み・ひもかわのレシピまでお話していただきました。

 山田氏も、繊維関係・デザイン関係のお仕事をしていたこともあり、桐生という織物産地にも元々興味があったとのお話でした。

 本当に、気さくな方で色々なお話を楽しくさせていただきました。
織物や歴史のお話も興味深く聞いていて、桐生のからくり人形にも興味深々でした。
事前に調べた段階で、からくりだけは実際に見て確認したかったようです。
 
 多方面に渡る知識と経験で面白くそして判りやすく講演いただき誠にありがとうございました。これを活かしたまちになるように私たち桐生市民も頑張ります!

山田五郎氏の本



 

2009年02月04日(水)更新

御召 (おめし) 桐生織物のお話

 以前にも少しお話したと思いますが、御召の由来のお話です。

 御召とは、天領地として、絹糸・絹(あしぎぬ)などを収めていた桐生地域(昔は桐生という名では無い)が、関が原の合戦以来、徳川家献上の織物を織り。
※ 徳川家康と桐生天満宮 徳川家斉と桐生のおめし 日光東照宮と桐生職人 西の西陣・東の桐生 徳川家の旗 あしぎぬと古文書 東大寺大仏の開眼式への桐生織献上 などより

 その中でも、特に将軍が好んで着用されたという着物の総称が発端で、徳川家斉特に好んだ高級な絹織物(先染め)を指している。桐生が発祥の地とされている

 独特の風合いと、シボがイメージされるが、縞御召以外にも、絵抜き・風通・無地など様々な技法がある。
 また、高級着でありながら、普段着にも使える、耐久性・しなやかさを持っており、軽くて・しわになりにくい特性を兼ね備えた先染め(色落ち・しみなども少ない)の織物です。
 昭和に入ってから、略礼装に使えるオシャレ着物として、ブームのピークを迎える(嫁入り道具として)が、ブーム商品らしく、様々な品質の物が全国で生産され出回り、供給過多となり下火となる。しかし、着物の需要が減った今も根強いファンがいたが在庫で賄えた。

 現在では、技法も定められており。八丁撚糸機の使用・絹糸の精錬・糊付けなどが伝統的に定められた技法で無ければ、独特の風合いは出せないと言われている。
 桐生地域でも、江戸時代には数百台の水車と千台にも及ぶ八丁撚糸機が稼動していたと言われるが、現在では数台のみとなっている。また、原材料も少ないことから、江戸時代から継承されてきた技法で織れる機やは数少ないとされる。

 国立文楽劇場、人間国宝の故 吉田様も、50年間新品の御召を探してきたが、『あの独特の風合いとシボが再現されていない!』と、骨董市・古着屋でハギレ生地を探してこられたそうです。
 当社でも、数十年間御召製作を封印してきましたが、昔ながらの技法がなくなりつつあると聞いて危機感を持ち、2000年に復元作業に入り、ようやく2003年より本格的に復活販売になりました。
 吉田様も数十年ぶりに『昔ながらの御召に出会えた!』と感激されておりました。
その後、各方面(公的な所ばかりなのでお名前は伏せさせていただきます・当社に来ていただければご来訪の写真などございます)のご依頼により、復元されたおめしを納めています。

 また、最近では着物・昭和の御召を全く知らない若い世代の方々に復活した御召を着ていただき、その後も、『御召を着てから、着物に対する考え方が変わった』『これほど、丈夫で、着易く、上品な着物は知らなかった!』とリピータとなっていただき、二度・三度と御注文をいただいています。
 現在の男性着物ブームにもあやかって、男性着物の数少ないしゃれ着として人気を呼んでいます。

 また、ブームではありますが、当社は織物屋(メーカー)です。なので、適正と思われる価格の設定をしておりますが、希少価値のある織物としては少々安いのでは?とお客様にご指摘されているのが現状です。森秀織物HP御召(おめしおり)

 ブームに関わらず、着物の需要の少ない昨今ですから、いつまで織る事ができるのか・・・様々な工程の職人がいて成り立つ織物です。平均年齢が高いのでこの先が心配です。おめしに限らず、日本古来の伝統的な織物全ての現状だと思います。

 
 

2009年01月21日(水)更新

鋸屋根の講演

 本日、ロータリークラブでの講演です。
 テーマは、桐生における鋸屋根と私と言う事で、少々恥ずかしながら自分の人生などもお話して下さい。と頼まれました。
 自分のような若輩者が、経験豊かな先輩の前でお話するのには少々抵抗がありましたが、当社の鋸屋根も文化遺産などに指定された縁もあり、保存方法・これからの桐生再生に向けての何かヒントになるお話しが出来ればと考え承りました。
 
 講演を聴いていただいた皆さんの感想があれば後ほど報告したいと思います。
鋸屋根

森秀織物 http://www.morihide.co.jp/

2008年06月18日(水)更新

桐生の歴史を刻んできた 桐生倶楽部

 桐生には、近代化遺産に指定された建物や国の登録有形文化財に登録されている建物が数多くあります。
 この桐生倶楽部もその一つ、桐生が繊維業で財を成した時代に組織されて建造された建物です。
桐生倶楽部

現在でも、民間で運営されており、桐生の有識者が集う場所として利用されています。
桐生倶楽部社員
桐生倶楽部の活動保存に賛同して出資している方々を社員と呼びます。

二階の会議場(大広間です)
桐生倶楽部二階大広間
古い建物なので、保存・修理などに費用も掛かります。

夜ライトアップされた状態です。
桐生倶楽部夜

桐生青年会議所・桐生ローターリーなども事務所を敷地内に構えています。

2008年05月26日(月)更新

桐生織物・桐生の歴史のついて

 本日、何故かお問い合わせが多かった、桐生織・桐生の歴史についてです。

そもそも、桐生織の発祥については正確には解っていません。
 白滝姫伝説と呼ばれるものがありますが、ロマンティックな素晴らしい物語ですが、創作の域をでません。
 これだけ、産地を形成し歴史も長い(1,200~1,300年間)のですから、何か根幹を語れる文献・証拠がありそうですが、殆どありません。
 全く残念ですが、そのことが桐生という地域・歴史そのものを象徴しているような気がします。
 確実な証拠とすれば、仁田山紬注文書や、奈良の東大寺大仏開眼式での文献、また、新しい所ですと関が原合戦時の徳川家康に献上するなどの外部での文献・証拠はあるものの、地元にはありません。
 城下町でもなく、また、農民のように定住型でも無い、天領地(当時は、幕府領地)
であり、また、移住者も多数いた流動的な土地柄であり。
 文献・書物などを体系的に保存した家・人がいなかったことだと思います。

 そして、その桐生人らしい特性は、今でも残っているような気がします。
桐生へ移り住む人々に対して、とても寛容で受け入れ易く、私もそうなのかもしれませんが、非常に珍しい存在として見ながらも、歓迎してくれます。
 全国を転々と渡り歩いてきた人が、桐生に立ち寄り、たちまち気に入って定住してしましった。という話も良く聞きます。
 それだけ、住み易く、人々も寛容(一度も戦災に遭っていないから?)で、産業もあった町なのです。

 私はこの自然に囲まれ、織物とともに歩んできたきりゅうが大好きです。
 歴史文献が少ないのは、少々残念ですが。

 戦乱に巻き込まれることも殆どなく、年貢を納めず、代わりに絹を収める産業を形成してきた地で、赤城の山では養蚕の生産背景があり・そして何よりも江戸幕府と良好な関係が続いた事が繁栄の基盤になったのでしょう。
 山紫水明のまちで、育まれてきたのが桐生織物です。

次回に続く。


 

会社概要

当社は明治十年半農半工の形式で始まりました。初代の森島秀により力織機による御召の製織を研究、成功を見、以来各工程を逐次機械化し現在のような設備と方法になりました。...

詳細へ

個人プロフィール

 1971年三重県四日市市生まれ、結婚を機に群馬県桐生市に。織物のまち桐生で、機屋と呼ばれる会社を引き継ぐ。織物・染色に関する体験資料館、織物参考館“紫”ゆかりを運営する傍ら、御召機屋として、八丁撚糸による伝統工芸技術完全復活を2004年に宣言。きりゅうまちづくり活動に参加、桐生織物協同組合・...

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